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鳥取地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決

原告 上原宇一朗

被告 鳥取県人事委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

一、被告が昭和二八年一二月九日受鳥人委第二五〇号を以つてなした原告に対する昭和二八年一一月一六日附で提出された再審請求書は再審を請求する事由に該当しないものと認めこれを却下する旨の再審請求却下の判定はこれを取消す。

二、右の請求が理由のないときは被告が同年五月二五日原告に対しなした人事委員会は教育委員会が県立日野高等学校講師上原宇一朗を昭和二七年四月一日に遡り教諭に任用し九級一〇号俸を支給した処置を妥当と認めるとの判定中九級一〇号俸を支給した処置を妥当と認めるとの点並に昇給確認の件についてはこれを却下する旨の判定はこれを取消す。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は鳥取県立日野高等学校講師にして九級一〇号俸を支給されていたが、昭和二七年七月二八日被告に対し左記要旨の要求書を提出した。

(1)  鳥取県教育委員会から鳥取県地方労働委員会に対する行政訴訟に関し昭和二六年六月二三日成立した和解の一条件として「昭和二七年四月一日附を以て教諭に復帰せしめ一一級六号俸を基礎にして算定する」との覚書があつたが今日迄何等の措置がなされていないのでこれが履行を要求する。

(2)  教諭に任用する場合の給料は恩給とは別途に適正給料が支給される契約条件があつたことを確認し履行を要求する。

(3)  退職後において昭和二四年九月三〇日附で昇給した旨の通知があつたが、恩給の裁定に際しては昇給しない給料を基礎とされているので昇給の確認を要求する。

二、其の後被告は数回委員会を開き審議したが教育委員会は自発的に原告を昭和二七年四月一日に遡り教諭に復活する旨発令されたが、被告は昭和二八年五月二五日附を以つて請求趣旨二記載通りの判定を下し翌六月三、四日頃判定書の送達を受けた。

三、右判定理由の要点は鳥取県には県職員の内恩給受給者の給料は適正給料から恩給相当額を差引いたものとする内規あり、原告は嘗て一度退職し恩給受給者であるから右内規を適用するというにある。しかしながら前記訴訟の和解は原告が教諭復活後においても恩給は適正給料から差引かない約定であつた。前記内規は仮に存在しても職員に対し拘束力なく、適用することは違法であり効力がない。

四、原告は前記訴訟の和解の成立した昭和二六年六月二三日附で鳥取県教育委員会宛に同年九月一日附を以て支給せられる九級一〇号俸を承認する旨の一札を差入れたが之は判定理由説示のとおり当時の講師給として最高級であつた為で、教諭復帰後においても九級一〇号俸を基礎として算定したものを承認する趣旨ではなかつた。このことは同日附第一覚書の劈頭に「昭和二六年四月一日附を以つて一一級六号俸を支給する」と確約されていることによつて明らかである。

五、鳥取県教育委員会は昭和二五年一月二八日原告を昭和二四年九月三〇日に遡り一一級四号俸に昇給させた旨を米子東高等学校を経て通知したが、その後実行しない。判定理由は右昇給の有無は適正給料算定に何等影響がないと判断したが原告の退職は昭和二四年一〇月三一日附であるから恩給額の算定に重大な影響がある。以上の理由により右判定は違法である。

六、原告は昭和二八年五月二五日附判定を不服として昭和二八年一一月一六日被告に対し再審を請求したがその理由は次のとおりである。

(1)  被告の審査判定の基礎となつた証拠は虚偽である。即ち

(イ)  昭和二六年六月二三日県教育委員会と地方労働委員会間において和解協定と同時に作成された所謂第二覚書の第二は原告を教諭に復帰せしめる時は十一級六号俸を基礎として算定し恩給相当額を差引かない趣旨でありこの事実に反する証人田中秀次同荻原治郎の各証言を証拠とした。

(ロ)  長尾学事課長並西尾主事の「原告の昭和二六年四月一日現在(在職したと仮定して)の給料は一一級六号俸で恩給受領額年五〇、八九三円を差引けば九級八号俸に相当するが紛争の事情を考慮し特例を認めて二号俸を加算し当時講師給としての最高九級一〇号給を支給した」旨の証言は虚偽である。蓋し原告の恩給証書は昭和二七年三月二二日に至り初めて交付され小学校勤務の加算恩給率の改正等あり計算は頗る複雑で昭和二六年六月二三日和解協定当時に九級八号俸が原告の恩給相当額控除の給料に符合する如く一致するか否か判然する筈はない。現に教育委員会は和解協定後の昭和二六年一一月一日に同年四月一日より八月三一日迄遡つて、恩給を差引かないで支給した事実がある。

(2)  被告の判定には次の如く証拠に基かず独断による不当認定があり、人事委員会規則第一四条(再審請求理由)第一号の場合に該当する。

(イ)  判定理由は「(2)適正給料の支給について」の冒頭において「本県教育委員会においては講師である者を教諭に任用する場合……給料を決定する内規になつているので」と認定したが教員の承諾なくして一方的に内規を適用することは違法で、内規の制定、内容について証拠は全くないから証拠に基かないで独断で事実を決定している。

(ロ)  判定理由の「適正給料の支給について」の項において、「現実に講師として日野高等学校に勤務するに至つた時恩給相当額を差引いて九級一〇号給を支給することにしたものと認められる」としたことは証拠に基づかない想像的断定である。

然るに再審の請求を同年一二月九日受鳥人委第二五〇号をもつて却下しその通知を同月一二、三日頃に受領したが再審却下は違法である。と陳述し、被告の抗弁に対し

(1)  原告が昭和二七年七月二五日並に同二八年一月二〇日附を以つて被告委員会に提出した申請は職員の勤務条件に関する措置の要求ではなく不利益処分に関する審査の請求である。蓋し本訴原告に対する不当労働行為に関する行政訴訟で昭和二六年六月二三日成立した和解協定附帯の第二覚書に「原告が教諭の身分に復帰した切替時における給与は一一級六号給(原告の当時の適正給料)を基礎にして算定する」旨記載してあり、右給与は恩給を差引かない約定であつたのに恩給控除をしたのは違法であり、教育委員会が昭和二七年四月一日原告を教諭に復帰せしむるに当り、一二級三号俸とすべきであるのに恩給相当額を差引いて九級一〇号俸にしたのは職員の不利益処分である。現に原告は「再審を請求する理由」として職員の不利益処分に関する審査の規則第一四条第一項の三及び一と明記している。

(2)  仮りに勤務条件に関する措置であつて被告は勧告をなし得るに過ぎないとしても一般的ベースアツプの勧告と異り、勧告を受ける立場にある教育委員会を拘束するもので意見勧告と云えず、行政庁の処分で裁判所の審理の対象となる。

(3)  原告は「勤務条件に関する措置の要求に関する規則」に「不利益処分に関する審査に関する規則」を援用したり、誤認したりしたのでなく後者の規定により、審査を請求し被告は該法条により受理し審理判定したのであり、それは勤務条件に関する措置の規則を改正し再審の途を開いたのが昭和二八年一二月四日で右改正規則が一年も前の再審請求に遡及適用される筈のないことによつても明瞭である。

(4)  被告は原告の審査請求が不利益処分に関する請求であるならば教育委員会の不利益処分が存しないと主張するが第二覚書の第一項で「覚書(第一)第三に基く講師の身分は昭和二七年四月一日を目途として教諭の身分に復帰せしめる」と定めてあるのに履行をしなかつたので審査請求をしたのであり、その対象は不作為による不利益処分である。請求の法定期間の点は原告を教諭に復帰せしめる時期につき第一覚書では「一日も早く」となつており第二覚書では「昭和二七年四月一日を目途として」とあつて確定日時を決定していないので差支えない。

(5)  被告は昭和二六年四月一日より八月三一日迄、恩給を差引かない一一級六号俸が支給されたのは裁判所の緊急命令でやつたのであると主張するが、緊急命令で保全された原告の地位は昭和二六年六月二三日和解協定の成立と同時に効力を失つていたのであるから当らない。

と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文と同趣旨又は請求棄却の判決を求め答弁として請求原因第一項は認める。第二項中自発的にしたとの点を除きその余を認める。第三項中判定理由の要点は認めるがその余は否認する。第四項中主張の如き覚書が存在し承認書を差入れたことは認めるがその余は否認する。第五項は否認する。第六項中そのような再審請求のあつたことを認めるが(1)(イ)は否認する。(ロ)の中長尾学事課長西尾主事の証言が虚偽であるとの点は否認し恩給を差引かないで昭和二六年四月一日より八月三一日迄一一級六号俸が支給されたのは裁判所の緊急命令により支給したのであり昭和二六年九月一日より恩給を差引いた金額相当の号俸に特に二号俸を加算した九級一〇号俸を支給している。(2)の(イ)(ロ)は否認すると述べ更に

一、原告の被告に対する要求は不利益処分に関する審査の請求であると主張するがそれは当初より勤務条件に関する措置の要求であつてその審査につき原告においても何等異議もなかつたのであり、再審査の要求にあたり原告は「勤務条件に関する措置の要求に関する規則」中に再審査の規定がないので「不利益処分に関する審査に関する規則」の再審査関係の条文を援用若しくは誤認して再審査の要求をなしたものであると認められる。当時被告は勤務条件の措置の要求においても再審の途を開くことを妥当と認め「勤務条件に関する措置の要求に関する規則」の一部を改正し原告の再審請求を受理したのであるが理由なきものとして却下したのである。

二、不利益処分に関する審査の請求は任命権者が職員に対し不利益処分をした場合においてその処分行為の修正又は取消の判定を人事委員会に求める行為であり、その請求は法定の期間内に行わなければならなく又任命権者が当時原告に対し審査の対象となるような処分をしていなければならないのに任命権者は当時不利益処分なるものをしていない。

三、右の如く原告の要求は勤務条件に関する措置に関するものである。抗告訴訟の対象となる行政処分は行政庁によつて国民の権利義務に関し法律上の効果を発生せしめることを目的とする違法行政処分がなされたることを要し権利義務について何等法律上の効果を生じない行政庁の好意的注意、勧告、希望、見解等の表明であるときはその取消変更を求める抗告訴訟を提起出来ないのである。地方公務員法第四八条により制定された昭和二六年八月二〇日鳥取県人事委員会規則第三号職員の勤務条件に関する措置の要求に関する規則による審査の性格は人事委員会は関係者に公平にして且つ公務員の能率を発揮増進する見地において判定をなしその結果必要と認めるときは当該機関に対し適切な勧告をなすのみでそれは希望意見の表明に過ぎず当該機関を法的に拘束する力を有しないのである。原告が被告に対しなしたる勤務条件に関する措置の要求に対し被告は審理の結果教育委員会が県立日野高等学校講師である原告を昭和二七年四月一日に遡り教諭に任用し九級一〇号俸を支給した処置を妥当と認める。原告の昇給確認の請求を却下する旨の判定をなしたのは教育委員会の処置を支持する旨の意見の表明に過ぎず原告の権利を侵害したものではなく、原告が取消を求める判定は法的に拘束力なき判断であるから抗告訴訟の対象となり得ないので本訴は権利保護の要件を欠如するものであると主張した。(立証省略)

理由

先づ本訴において取消を求める被告が原告に対し昭和二八年一二月九日なした再審請求を却下する旨及び同年五月二五日になした原告主張の被告の各判定につき原告は不利益処分に関する審査の請求に対してなされた処分であると主張し被告は勤務条件に関する措置の要求に対してなされた処分であると主張するので考えるに成立に争いのない乙第一号証の一によれば、原告に対する受理通知は勤務条件の措置要求書の受理と明示した通知書を発してなされ、これに対し何等異議もなく受理され、同様乙第一号証の二によれば教育委員会委員長並に県立日野高等学校長宛にも同趣旨の受理通知がなされ同じく乙第二号証によれば、被告は原告の要求を勤務条件に関する措置の要求として審理したことが明らかに認められ原告は此の取扱いに対し何等異議を止めた形跡は認められないし同じく甲第四号証によれば被告は勤務条件に関する措置の要求として判定を下し同じく甲第五号証(第四項再審を請求する事由を除く)によれば原告は勤務条件の措置要求に関し昭和二八年五月二五日附でなされた判定について再審を請求する旨の再審請求書を提出し同じく甲第六号証によれば被告は右請求を勤務条件に関する措置要求についてなされたものと取扱い判定を下したことが認められこれらの事実及び弁論の全趣旨を綜合すると原告の被告に対する要求は昭和二六年八月二〇日鳥取県人事委員会規則第三号による職員の勤務条件に関する措置の要求に関する規則(昭和二八年一二月四日同委員会規則第一〇号により一部改正以下同じ)第二条によりなし被告も同規則の定めるところに従いこの要求を審査、判定したものであることが認められ他にこれに反する認定をするに足る証拠はない。原告は再審に当つて不利益処分に関する審査の規則第一四条を引用しているから不利益処分に関する審査の請求であるというが、前記甲第五号証によれば再審請求書に原告自ら勤務条件の措置要求に関しなされた判定に就き再審を請求すると記載してさえいるのであつて右事実のごときは何等前認定を左右するに足らない。次に勤務条件に関する措置の規則を改正し、再審の途を開いたのは昭和二八年一二月四日であるからそれより一年も前の再審請求に遡及適用される根拠は存しないと主張するが、前記甲第五号証によれば、再審査の請求をしたのは同年一一月一六日であり、前記甲第六号証によれば従来出来なかつた再審の請求を規則を改正することによつて可能にし却下することなくそのまゝ受理したものと認められるので理由がない。更に原告は不利益処分が存在し、又法定期間も遵守しておるから勤務条件に関する措置の要求ではないと主張するが前記認定のとおり被告の判定は原告の勤務条件に関する措置の要求についてなされたもので、その取消を求める本訴においては理由がない。

よつて勤務条件に関する措置の要求に対してなした被告の処分は如何なる性質を有するか考えると地方公務員法第四六条第四七条によれば職員は給与、勤務時間その他の勤務条件に関し人事委員会に対し地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができ、人事委員会は右の要求がある時は事案について審査を行い事案を判定しその結果に基いて自らの権限に属する事項については、自らこれを実行しその他の事項については、権限を有する地方公共団体の機関に対し、必要な勧告をしなければならないのであり、なお同法第四八条に基いて制定された昭和二六年八月二〇鳥取県人事委員会規則第三号職員の勤務条件に関する措置の要求に関する規則第六条第七条第八条によれば人事委員会は審査を終了したときはすみやかに判定を行い、これを書面に作成して要求者並に当局に送達すべきものであり、判定の結果必要があると認める場合においては、当局に対し書面で必要な勧告をしなければならないと共にその写を要求者に送達することになつており、人事委員会は適当と認めるときは措置要求書を受理する前、又は事案の審査の係属中においても、関係当事者間をあつせんすることもできることになつている。従つて人事委員会が行う処分は判定、勧告、あつせんと同規則第八条の二による判定に対する再審請求により更になす判定勧告などの処分である。しかるに判定に対し如何なる法律効果が生ずるかについては地方公務員法第四七条に判定の結果に基いて、その権限に属する事項については自ら実行し、その他の事項については権限を有する機関に必要な勧告をすることが規定されているのみで、明確にされていないが、規定の趣旨よりみると勧告を必要とする点並に自ら実行する必要のある点に鑑み、判定自体には直接拘束力がないと云わなければならない。勧告についても同様明文を以つて法律効果を定めていないが、勧告の制度は対等、独立的な機関相互の間において行われるものでありそのように対等、独立的な機関相互において、一方が他方の処分に拘束される場合には法律の規定を必要とすると解すべきであるから明文のない地方公務員法の場合には法律上の拘束力はないと解すべきである。特に勤務条件に関する措置の要求を認めた所以は団体交渉権、争議権を有しない地方公務員に対し、その勤務条件の適正を確保するにあるのであるから被勧告者は勧告を尊重すべきは当然であるが前記の如き理由よりして法律上の拘束力を有するとは認められない。次にあつせんは職員の勤務条件に関する措置の要求に関する規則第八条に定められているがその規定する如く「事案が適切に解決されるよう関係当事者間をあつせんする」のであつて関係当事者を拘束する効力のないことは明らかである。右の解釈は判定に対する再審請求についてなされた被告の処分に関しても同様である。されば勤務条件に関する措置の要求に関する規則に基いてなした処分である本件判定はいずれも当事者を法律的に拘束する効力はなく原告の権利を侵害する処分とは云えないこと明らかである。従つてこれを以つて違法な行政処分の取消を求める抗告訴訟の対象とはいえないからその余の主張を判断する迄もなく本訴は不適法として却下すべきである。訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 藤原吉備彦 矢崎健)

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